» 助成金受領者 研究のご紹介 » 研究者の詳細

2021/02/01

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
信田 尚毅
シダナオキ
レドックス化学、有機電解合成、有機電子移動化学、π共役分子、配位化学、重元素、テルロフェン
ホームページ http://www.echem.titech.ac.jp/~inagi/index.html
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2019年度 奨励研究助成 新材料 東京工業大学 物質理工学院 PDF
研究題名 含テルル共役系分子のレドックスに基づく分子触媒の開発と応用

訪問記

最終更新日 : 2021/02/04

訪問日:2021/01/12
訪問時の所属機関 横浜国立大学大学院 機能の創製部門 訪問時の役職 助教

リモートインタビュー(図1)にて、助成対象テーマの特長や研究に対する考え方などをお伺いしました。

今回の研究対象である「含テルル共役系分子」について教えて下さい
 16族元素(カルコゲン)を含んだ五員環芳香族に、チオフェン、セレノフェン、テルロフェンと呼ばれる化合物群が存在します(図2)。これらの骨格を含む低分子や高分子は太陽電池や熱電素子など有機半導体として様々な研究がされています。私は機能性材料として利用の方向とは異なり、特に「テルロフェン」の酸化還元(レドックス)特性が興味深いことから触媒としての利用を考えています。
 「テルロフェン」は二つのタイプのレドックス機構を持っています。一つは、π電子共役系の電子の出入りのし易さに基づくレドックス、もう一つはテルル原子そのものの価数が変わりやすいことに基づくレドックスです。この二つのレドックスが複雑に関与することにより触媒として面白い現象が見られるのではないか、ということが本研究の着想になっています。

この着想には何か切っ掛けがあったのですか
 私は大学院の修士・博士課程で東京工業大学 淵上寿雄先生、稲木信介先生の研究室に所属し、電解反応による基板の表面修飾を研究していました。その後、博士研究員として東京農工大学 千葉一裕先生の研究室で電解を用いた有機反応を研究しました。そのため、電解反応は私の研究における礎となっています。さらに、博士課程在学中の留学でお世話になったトロント大学のセフィロス先生の研究に、2価のテルルが酸化剤と反応して4価になる反応があります。私は留学中にこの様な反応に対して酸化剤を使わず「電気的」に生成させる研究を提案し、行なっていました。今回の助成対象テーマは元々この研究がベースになっているのですが、更にその後の研究で偶然の発見がありました。
 テルロフェンのテルルに求核性の高い(=くっ付きやすい)ハロゲン化物イオンを電解反応で配位させる(=くっ付ける)実験の中で、対照実験としてハロゲンイオンが存在しない条件で電気を掛けたところ求核性の低いBF4-イオンや有機物にはほとんど配位しないと考えられているPF6-イオンがテルルに配位していることを発見したのです(研究紹介文の図右下)。更に極めて配位性が低いアニオンを使うと配位が起こらずにテルル化合物から電子が引き抜かれ(=酸化され)て、正電荷とラジカルがπ電子系に非局在化(=全体に分布)する現象が起こることが分かりました(研究紹介文の図右上)。この現象から、
 ・π電子系化合物の電解酸化を行う際にアニオン種の影響が非常に大きいということ
 ・その影響によって、①テルル上に正電荷を持った形になりそこにアニオンが配位する、
   ②正電荷が非局在化(=全体に分布)しアニオンが配位しない、という二つの状態を取り得る
ということを学びました。これらはπ系化合物のレドックスを新たな理解する上で非常に重要であると考えており、この概念の発展に向けて研究を進めています。

電気化学的な酸化はどの様に実験するのですか
 図3が実験系の写真です。電気化学セルの右側が陽極室で酸化反応を起こす部屋、左側が陰極室で還元反応が起こる部屋です。陽極室にテルル化合物を入れて電気を流すと酸化を受けた化合物が生成します。還元側では水素発生が起こります。この際、電解質の違いでテルルに配位子がくっ付いたり、配位子がつかず酸化状態が非局在化したり、と異なる反応が起こります。

酸化剤で酸化させる場合に対して、電解反応で酸化させて触媒を得る優位性は何ですか
 電子が引き抜かれて反応性の高い触媒はそれ自体が不安定で壊れやすい状態です。本方法では電気的に酸化するので必要な時にスイッチONで酸化させて触媒として機能させることができるため、不安定性の心配はありません。また、正電荷の非局在化した状態は、それ自体がある程度不安定性を緩和できる準安定状態であると言えます。
 更に、酸化剤を用いた場合テルロフェンから電子を引き抜き最初の酸化剤とは違う電子リッチな状態になりますので不要な副反応を起こす可能性がありますが、電解酸化の場合は引き抜いた電子は電極に流れていくので副反応の心配もありません。

先生にとっての研究の面白さや楽しさとは何でしょうか
 研究に使う試薬の選定や条件の設定などでは従来研究を踏襲するということも良くあるかと思いますが、私はなぜそれを選ぶべきなのか理由を明確に説明ができないと釈然としない気持ちが強く残ります。先に述べた電解反応で使う支持塩についてもその選定理由や影響が明確でないことも多いですが、誰も説明してこなかったことを自分なりに理路整然と説明できたときにはとても気持ちの良いものです。たとえ些細なことであっても「このモノの見方は自分しか気づいていない」という発見こそが研究する楽しさだと考えています。

最後に、今後目指す研究の方向性を教えて下さい
 学生の頃も含めて研究を始めてから10年くらいになりますが、ようやく自分の好きな研究が明確になってきたところです。それはやはり「電解反応」です。特に化合物の電子移動課程や電解発生した活性種に対して塩がどんな影響を与えるのかは非常に興味深いので、そこを突き詰めていきたいと考えています。
2020年10月に横浜国立大学 跡部真人先生の研究室の助教に着任しました。横浜国大は(私の母校でもありますが)古くから電気化学に強みがあり、同分野で非常に活性の高い先生方がいらっしゃいます。その中において跡部先生は特に有機電解合成分野で先駆的に活躍されています。このような恵まれた環境に感謝しながら、私も電解を用いたユニークな有機反応を学生達と一緒に開拓していきたいと思っています。
 「電解反応」は化学量論の試薬を必要とせずに「電子を試薬にして反応」するわけですから、今後電気が再生可能エネルギーからできる様になれば更にグリーンな技術になっていきます。持続可能な物質生産の重要性が増す昨今、好きなことが時代に求められているという感じがあり、ある意味ラッキーです。それが社会の変革に少しでも役に立てば幸せかなと思います。

後記
 今回のインタビューでは、「電解反応」で酸化剤を使った分子間の酸化還元ではできない「触媒」が創出できる研究の一端をお聞きしました。私も昔、「電解反応」での表面機能修飾に携わっていた頃があり、この技術にはとても親近感が湧きました。乾電池でも容易に印加できる様な僅かな電位差でも、分子のレドックス反応にとっては非常に大きなポテンシャルであり、スイッチONでそれが任意に制御できる「電解反応」の面白さを改めて感じさせていただくことができました。
 「スイッチON触媒」でどんな反応を起こすことができるのか、研究の成果を楽しみにしています。
 (矢崎財団技術参与 池田実)

著作文献紹介