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2021/12/09

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
松久 直司
マツヒサナオジ
ストレッチャブルエレクトロニクス、ウェアラブルデバイス、電子人工皮膚、エレクトロクロミズム
ホームページ https://www.naojimatsuhisa.com/
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2020年度 奨励研究助成 新材料 慶應義塾大学 理工学部電気情報工学科 PDF PDF
研究題名 伸縮性エレクトロクロミックディスプレイマトリクス

訪問記

最終更新日 : 2021/12/09

訪問日:2021/10/06
訪問時の所属機関 慶應義塾大学 理工学部電気情報工学科 訪問時の役職 専任講師

オンラインインタビュー(図1)で、これまでの研究成果や助成研究内容などについてお伺いしました。

まず、先生の研究対象について教えてください
私は学部から博士課程までの学生時代には、東京大学の染谷先生の研究室で「ウェアラブルデバイス」に関する研究に携わってきました。その中でも特に材料に興味があったので、その後はシンガポールのナンヤン工科大学とスタンフォード大学で電子材料の研究を重ねて日本に戻り、2020年4月から研究室を立ち上げました。
ウェアラブルデバイスとしてよく使われているものとして、スマートウォッチの様なリストバンド型の生体情報センシングデバイスがあります。活動量や脈波、心電図などのデータを取得して予防医療やリハビリ、スポーツトレーニングなどいろいろな用途で使われています。しかしながら、リストバンド型では皮膚と接触している面積が少ないためセンシングに不利だという点や腕時計をつけることを嫌う人も結構いたりするので、もっと大きな面積でどこにでも貼り付けられ着け心地の良いデバイスが求められています。
それを満たすために重要なのが「伸縮性」を持った「柔らかい電子材料」で、これが私の研究の中心になっています。硬い材料だと体が少し動いただけで皮膚とのギャップが大きくなり、生体-電極間のインピーダンスが増加してしまいますが、柔らかい材料にすることによって皮膚への密着性が大きくなり低インピーダンスで安定してセンシングすることができます。また、柔らかい材料では接触している臓器や部位を痛めにくいという生体適合性でも有利です。

これまでにどの様な「柔らかい電子材料」を開発されていますか
学生のときに開発したもので「伸縮性導電材料」があります。もともとの材料はゴムなので絶縁体ですが、銀フレークを配合することよってゴム中に銀ナノ粒子が析出してくるという現象を利用してゴムに非常に高い導電性を持たせました。それによって、元の長さの5倍以上に伸ばしても高い導電性を保ちLEDを明るく光らせることができる「伸縮性導体」ができました(図2)。また、スタンフォード大学では伸ばしても電圧を出力し続ける「伸縮性リチウムイオン電池」を作製しています。
最近の成果としては、剛直性の高い有機半導体の側鎖にシリコーンゴムの分子構造を導入することによって伸縮性を向上した半導体材料(図3)ができています。側鎖に柔軟性構造を10mol%付与するだけで100%伸ばしてもクラックが入らない高性能な「伸縮性半導体」になっています。

今回の助成研究でのデバイスはディスプレイですが、そのねらいは?
この「伸縮性半導体」の研究の中で「伸縮性高周波ダイオード」を作ったのですが(12/9、Natureに掲載)、そのアプリケーションとしてディスプレイが効果的だろうと考えました。今後、いろいろなウエアラブルセンサが出てきますが、センサからの簡単な情報提示であれば手の上に表示してしまえば、スマートウォッチなどより見やすくて着け心地が良いデバイスになると思います。
今回作製したのは、フレキシブルな「エレクトロクロミックディスプレイ」です。エレクトロクロミックは電圧をかけて着色/消色したあとは、電源を切っても色が保持されるため消費電力が小さくウエアラブルに適しています。研究のスタートとして試作した単一セルディスプレイでは、元のサイズの1.5倍に伸ばした状態でもディスプレイとして駆動できることを確認しています。この段階でも、簡単な文字やシグナルパターンなど結構いろいろな応用ができるという声を頂いています。
今後は、これを高密度アレイ化して様々な情報を表示するディスプレイにしていくことが目的で、今回の助成研究で取り組んでいきます。将来的には研究紹介文に載せたイメージの様に、高解像度で体にフィットするウエアラブルディスプレイを目指しています。

「伸縮性導電材料」で銀ナノ粒子が析出するのは不思議な現象ですが、そのメカニズムは?
 実は、これはねらって作ったのではなくてひたすら実験していた中で、すごくいい特性のものができたので調べてみたらナノ粒子が見つかった、というところから研究がスタートしました。銀はイオン化されやすい元素で、フッ素ゴムの様に極性の強い材料の中では銀イオンとして拡散していきます。この研究の材料では、銀フレークがフッ素ゴム中でイオン化して、ゴム中に添加されている界面活性剤によって逆ミセルでイオンが集合・成長して銀ナノ粒子が出来上がる、というのがメカニズムです。

先生が大学での研究者の道に進もうと考えたきっかけは何ですか
 私の父は電機メーカーのエンジニアだったので、小さい頃から私も家電などの研究開発に携わるのだろう、と漠然と考えていました。研究室に入って始めた研究は、私にとってとても面白いものだったので「博士課程まで修了して企業に就職しよう」と一時は考えていました。更に研究を続ける中で、先ほど紹介したナノ粒子が析出する伸縮性導電材料の研究などで「不思議な現象ですごく性能の良い材料」をいろいろと発見できる様になって、「自由な研究ができる大学で活動を続けるのが自分に合っている」と思うようになりこの道に進んでいます。

独立した研究室をお持ちになって、これからの研究の方向性はどの様に考えていますか
 染谷研究室は元々電気系だったので、材料そのものの研究ではなくて素子構造の工夫などで伸縮性を持たせることを主として研究されています。一方で私の研究では材料そのもの、つまり分子構造を工夫して伸縮性を出す材料を創出する点で技術的な独自性があると考えています。また、私はまだ若手ですから成果をすぐ社会実装できなければいけないと考えるより、新規性の高いこと・面白いことにチャレンジしても許される年ではないかと思っています。ですから必ずしも実用化という枠にとらわれず、これまでには無かった発想で革新的なデバイス創出を目指していきたいと考えています。

後記
研究紹介文の図「手に貼り付けるディスプレイ」を見たとき、アメリカンフットボールを見るのが好きな私としては、すぐにクォーターバックが腕に着けているリストバンド(プレイ番号とプレイ概要の対照表)を思い浮かべました。「こんなに薄くて貼り付けられるディスプレイがあったら、とてもプレイしやすいだろう」と。今後、アレイ化したディスプレイができて実際にそれを目にしたら、たくさんの人から様々なアプリケーションアイデアが湧き出てくることは間違いないでしょう。これからの研究の進展が非常に楽しみです。
(矢崎財団技術参与 池田)