オンラインインタビュー(図1)で、助成研究内容や研究への想いなどについてお伺いしました。
まず、これまでのご研究について教えてください
私のこれまでの研究を一言でいうと「スマートマテリアル」になります。「スマートマテリアル」とは、力や光や電気、また温度やpHなどの外部刺激に対して応答し、何等かの特異な機能を発現する材料のことを言います。
研究の初期、学生のときには、引き伸ばすと色が変わる材料や壊れても接触させるだけで元に戻る自己修復材料など、力に応答する材料の研究からスタートしました。学位取得後には光に着目し、光で極性が変化する分子を用いて相分離構造を光で変換できる高分子材料を開発し、細胞の接脱着挙動を制御したり、力に対する応答性を光でスイッチできる分子を創成したりしました。
この様な分子構造の変化、つまりミクロな変化による機能発現の研究を進めていく中で、マクロスケールで大きな変化は起こせないだろうか、と考えるようになりました。外部刺激での分子構造変化によって機械的な動きを生じる分子は「分子マシン」を言われ、2016年にノーベル賞を受賞しています。しかし、「分子マシン」のミクロスケールの化学に留まり、これをマクロスケールの動きに増幅させる方法はまだ確立できていません。
どの様にして分子の構造変化をマクロスケールの動きに増幅するのですか
高分子鎖の一部に光によって構造変化する分子を導入することによって、ミクロな変化をマクロな変化に増幅させることができると考えています。その際、マクロサイズでより大きな変化を起こすためには分子構造変化も大きい分子が良いので、まずアゾベンゼン(AB)という広く知られている構造変化の大きな分子を検討しました。しかし、ABは、紫外線でトランス型からシス型に大きな構造変化を起こす(図2b)のですが、室温での半減期が数日、つまり数日でシス型の半分がトランス型に戻ってしまうため、実用的にはかなり使い難いものであると判断しました。
そこで、熱に安定で光による構造変化が大きな分子として開発したのが、「ヒンダードスティッフスチルベン(HSS)」という分子(図2a)です。これが本助成研究の中核となる分子です。「HSS」はABよりも大きな構造変化を示し、半減期は数100年から1000年以上と極めて安定な分子であることがわかりました。現在、この「HSS」で駆動する「ゲルアクチュエーター」を作製し評価を進めているところです。
「ゲルアクチュエーター」はどんな応用が考えられるのですか
「HSS駆動のゲルアクチュエーター」は、柔らかい材料がセンチメートルなどのマクロスケールで収縮したり膨張したりすることができるアクチュエーターになります。応用としては、今注目されているソフトロボットなどが適していると考えています。柔らかい素材でできているため人に危害を加えることのないロボットです。
私は前職(早稲田大学)で細胞から筋肉組織や血管組織を作る再生医療の研究をしていました。そのときの知識からの発想で、この「HSS駆動アクチュエーター」を用いることで、人の筋肉を模倣した材料、つまり「人工筋肉」になるのではないかと考えています。
研究者の道に進まれたタイミングはいつですか
時期としては、大学4年生になって研究室に配属になり、そこで研究の面白さを感じた始めた頃になります。それまでの大学3年間は、受け身の学問という点であまり面白いとは感じなかったのですが、研究室に入って経験した「スマートマテリアル」の研究は知的好奇心を満たすことができる魅力あるものでした。そして、今日までこの道の研究で進んできています。
研究のやりがいを感じるのはどんなときですか
2016年に分子マシンでノーベル賞を受賞されたストッダート先生が仰っている様に「化学は最もクリエイティブな学問だ」と思います。創造性が重要なこの分野の中で新奇な発想に基づいて研究を行い、それが成功して論文を発表できたときには、「世界に影響を与えられているんだ」という想いがして非常にやりがいを感じられます。
研究室の学生さんに指導する上で大事にしていることは
大切にしていることは学生さんの自主性を尊重することです。研究室に入ってすぐの学生さんは何もわからないので研究テーマは教員が設定するのですが、研究を進める中で本人がやりたいことを見つけた時にはその自主性を大切にしたいと思っています。主体的に想う方向に進んでもらえれば、むしろその方が教員として嬉しいものです。
また、私は持てる知識をすべて提供してそのあとは学生さんが独自に考えて研究を進めていく、という形が重要だと考えています。
後記
助成研究は今、高分子の合成が終わり構造変化を評価していく段階に入るそうです。
何も触らずに高分子のブロックが光によって膨らんだり縮んだりする様を見たとき、いろんな人に応用へのアイデアが湧いてくるのではないでしょうか。「世界へ影響を与える」研究成果、期待しています。
(矢崎財団技術参与 池田)
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