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2022/08/23

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
川上 恵里加
カワカミエリカ
量子コンピューター、トンネルダイオード、量子ビット、マイクロ波、希釈冷凍機
ホームページ https://sites.google.com/view/febqi/
https://www.riken.jp/research/labs/rqc/floatelectron_based_qtm_inf_riken_hakubi/
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2021年度 一般研究助成 情報 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター PDF
研究題名 量子コンピューター大規模化のための低温マイクロ波測定機器の開発

訪問記

最終更新日 : 2022/08/23

訪問日:2022/07/15
訪問時の所属機関 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 訪問時の役職 理研白眉研究チームリーダー

2022年7月15日 川上先生にオンラインインタビューでお話を伺いました(図1)

まず、量子コンピュータはどういうものか教えていただけますか
量子コンピュータには、新薬の合成が飛躍的に早くなることや、効率的な送電網を実現してエネルギー問題が解決することなどが期待されています。量子コンピュータは、多くの組み合わせの中から最適な条件を特定することに適しているからです。
現行のコンピュータを古典コンピュータと言いますが、古典コンピュータの情報単位「ビット」に相当するものを量子コンピュータでは「量子ビット」と言います。
古典コンピュータで組み合わせの問題を計算するときは、基本的にはすべての組み合わせを総当たりしますが、組み合わせる要素が10程度以上で既に、宇宙の寿命が来るほどの時間をかけても計算が終わらなくなると言われています。量子コンピュータの計算方法では色々な条件を同時に計算出来るので、実用的な時間で計算することができます。

研究の内容を教えてください
量子コンピュータ研究の報道などを見た方は、量子コンピュータは既に実在すると思われているかもしれません。量子コンピュータで実際にエネルギー問題などを扱うには、1,000万個以上の量子ビットが必要ですが、最近の状況は2019年にGoogleが53量子ビット、2021年にはIBMが127量子ビットを実現したのがworld recordです。量子ビットを増やすことは簡単ではありません。その理由は、現在主に研究されている量子ビットが大きいからです。大きい方が作りやすいというメリットもあるのですが、数を増やす際にはデメリットになります。
量子コンピュータには冷凍機が欠かせません。室温でデータの信号を入力し、配線を段階的に冷やしながら量子ビットに信号を送って、絶対零度付近に冷却された量子ビットで計算をしたら、計算結果の信号を室温に戻して読み取るという仕組みです(図1、2)。
量子ビットを増やすためには、冷凍機を大きくしたり、量子ビットを小さくしたり、量子ビットと信号をやり取りする装置を小型化する必要があります。
また、量子ビットの情報を読み取る装置として、マイクロ波発信機を使う方法がありますが、この方法の場合、室温のマイクロ波発信機から絶対零度の量子ビットまでの距離が長いので、信号の減衰を防ぐために太い電線が必要です。この電線をより細くすることができたら、量子ビットの数を増やしやすくなります。
 私の研究チームのテーマは、浮揚電子などの新しい量子ビットの開発なのですが、この研究でもマイクロ波発信機を使っています。今回、矢崎財団の助成に応募した研究では、マイクロ波発信機を冷凍機内に収まるように小型化することを目的にしています(図2)。小型化が実現すると、発信機と量子ビットとの距離が短縮されて細い電線を使えますし、発信機が基板上に収まる可能性も出てきます。最終的には、古典コンピュータ同様に全ての部品が基板上に載ることをイメージしています。

研究の動機はなんですか
 私はもともと、どうすれば量子コンピュータが実現できるかという考えが軸にあって、その上で研究対象を変えてきた研究者ですので、色々な物理系の量子ビットに共通の問題を解決できる技術としてマイクロ波発信機の小型化をやりたいと思いました。この研究と、浮揚電子の量子ビットとを組み合わせてみたいとも考えています。

研究でやりがいを感じるのはどんなところでしょうか
 私は実験家なので、信号を検出できたときはうれしいですね。
 予想通りの信号がでたときもうれしいですが、予想外のものが出た時は、「期待と違う」と「これは何だろう?」と両方の気持ちです。そうやって自然との間で対話をしている感じに一番やりがいを感じます。
 また、「この実験結果は。この世でまだ自分とチームメイトしか知らないんだ」と思う状況にもやりがいを感じます。

今後どんな研究者を目指していきたいですか
 今はコロナ禍で難しいのですが、私はフランスとオランダで学位を取得したということもあって、海外との交流を活発化できる研究者になりたいと思っています。
 今の研究チームも、様々な国籍方が在籍していて、国際的なメンバーで国際的な研究をする研究者になっていきたいと考えています。
 最近の国際情勢では、国を跨いだ研究をすることが難しいことも多いですが、尊敬するシニアの先生から「研究に国境は無いのは勿論だけど、研究者に国籍はあるのは仕方がない。でも研究者としては常に、排除ではなく包摂を矜持として持っていたいものです。」とアドバイスを受けました。
 量子コンピュータの開発は、基礎研究のフェーズから国同士の競争にもなりつつあるので、、外国の方をチームに招くのは難しくなりつつありますけど、私の考えとしては垣根無しに研究していきたいという想いがあります。

研究者として大事なポイントはなんだと思いますか
 研究をする上では、出てきたデータに対して真摯でいることです。
 また、プロジェクトとして研究を進めると、こういう計画で、こういう方向で、ということが決まっていますが、そこから逸れるデータが出てきて方向が変わる時に、それを受け入れられる環境を作ることも大事だと考えています。研究者は、「横道に逸れた先にもいいものがあるかもしれない」と常に考えておく方が良いと思います。偶然の産物のようなものも研究成果にできること、それも自然と対話するということ、真摯でいるということになると思います。

後記
 インタビューには4人の技術者が参加して活発な質疑が行われ、先生には長い時間を割いていただいたのですが、心苦しいながらもページの都合上大部分は割愛しました。質疑では、川上先生がこれまでずっと新しい知識を地道かつ積極的に取り入れながら実績を積まれてきた様子が垣間見えて、今後のご研究の進展に期待が高まりました。量子コンピュータをご自分でも使ってみたいと伺いましたが、私たちもその未来を楽しみにしたいと思います。
(聞き手:矢崎財団 大熊)



図2、図3の冷凍機の外観/内部の写真は、国立研究開発法人理化学研究所量子コンピュータ研究センターRQC Photoライブラリーのものを利用いたしました。

著作文献紹介