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2022/07/11

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
宮川 晃尚
ミヤガワアキヒサ
分子クラウディング、溶媒抽出、錯形成反応
ホームページ https://www.chem.tsukuba.ac.jp/nakatani/
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2021年度 奨励研究助成 エネルギー 筑波大学 数理物質系 PDF PDF
研究題名 分子クラウディング反応場を利用した溶媒抽出法の開発

訪問記

最終更新日 : 2022/07/11

訪問日:2022/07/04
訪問時の所属機関 筑波大学 数理物質系 訪問時の役職 助教

2022年7月4日、宮川先生にオンラインインタビューでお話を伺いました(図1)

この研究に着手した背景やきっかけを教えてください
研究タイトルにある「分子クラウディング」というのは、生化学分野を中心に研究されている現象のことなのですが、この研究を思いつくきっかけとなったのは博士課程のときのことでした。そのころ医療計測としてRNAの計測手法の研究をしていました。ある程度データが揃ってきたのはいいのですが、いざ論文を書こうとしたときにRNAの知識がほとんどないのでまともな論文が書けるのか不安になって来たんです。そこで、専門家から意見をもらおうと考えてRNA学会に参加していろんな発表を聞く中で「分子クラウディング」という面白い現象を知りました。
この時はまだ漠然と、将来研究対象にしてみたいと思っていただけでしたが、博士課程を修了後筑波大学に来てからは教授に「何でも自由に研究していいよ」と言ってもらえたので、やってみようと思ったのがこの「分子クラウディング」に関する研究でした。

では、まず「分子クラウディング」って何かお聞きした方がいいですね
生物の細胞の中は、タンパク質やDNA、糖などがギュッと詰め込まれた混みあった環境になっています。この状態が「分子クラウディング」と呼ばれていて、この様な環境下ではさまざまな酵素反応やDNA二重らせんを形成する反応など、生体分子の反応が促進することが知られています。これは、反応に関係のないサイズの大きな分子が存在することによって、
①反応に関わる分子の見かけ上の濃度が上がって反応が起こりやすくなる(排除堆積効果)
②浸透圧が変化して反応に関与する水分子の挙動が変わる
③反応に関わる分子の3次元的な形が変形する(構造変化)
の3つが影響していると考えられています。そして、この反応促進効果を私の専門分野である分析化学の手法である「溶媒抽出」に生かせるのではないかと考えたのが、本研究の着眼点です。
 しかし、この3つの効果は未だ数式として明確に示されていないため、事前にどれだけの効果が見込めるかが不明確であるのが現状です。数式化に至っていない理由としては、生化学分野ではDNAやタンパク質などの大きな分子を対象としますが、大きな分子の構造変化(③)を数式化するのは非常に難しいためだと考えられます。一方、「溶媒抽出」では大きな分子を対象にするわけではないので、③の影響を排除して現象を解析すれば、分析化学に適用するための数式化ができるのではないか考えました。この基礎研究と応用展開への研究について助成研究として申請し、採択していただきました。

「分子クラウディング」と「溶媒抽出」はどう結びつくのでしょうか
「溶媒抽出」というのは、複数の成分が混ざった溶液から分析ターゲットの成分を別の溶媒に移し出す操作のことです。また、ターゲット成分が別の溶媒に溶けやすくするために、溶媒と馴染みの良い分子をターゲット分子にくっつけて(錯形成反応)、ターゲットが溶媒に移りやすくする手法があります。この模式図が図2です。
左側の「バルク」と書かれている部分は、「分子クラウディング」を使わない通常の「溶媒抽出」の状態を表しています。水相では有機相に馴染みやすいホスト分子がターゲット分子(ゲスト分子)を抱き込んで(錯体)有機相に移動しています。ある程度移動すると平衡状態となり、有機相中の錯体濃度は一定になります。
右側は「分子クラウディング」を利用した「溶媒抽出」を表しています。水相には「分子クラウディング剤」が投入され混みあった状態になっています。この状態では①と②の効果によってホスト分子とゲスト分子の錯形成反応が促進され、「バルク」の場合より多くの錯体が形成されます。そのため、多くの分子が有機相に移動し、ターゲット分子の濃度が高い有機相になります。研究では河川の水の中の金属成分の分析などを想定して、金属イオンをゲスト分子として実験を行っています。

「溶媒抽出」に「分子クラウディング」を利用すること、またこの現象を数式化することは分析化学においてどの様なメリットがあるのでしょうか
通常「溶媒抽出」では、ターゲット分子を有機相にできるだけ多く回収するために試行錯誤が行われていますが、その過程で多くの有機溶媒を消費することになります。有機溶媒は自然界にとっては環境負荷が大きな物質ですから、使う量を減らしていきたいというのが趨勢です。「分子クラウディング」の利用では、環境負荷の小さな「分子クラウディング剤」を添加するだけで抽出率を向上できるので、目的の抽出率までの試行錯誤の回数を減らすことができます。また、数式化することによって最初から適切な分子クラウディング剤の種類や量を決めることができ、より環境負荷の小さなプロセスになると考えています。

研究の進捗はいかがですか
まず、ホスト分子としてオキシンスルホン酸、ゲスト分子として亜鉛・カドミウム・コバルトなどの金属イオンとの組み合わせにおいて(図3)、「分子クラウディング」で錯形成反応が促進することを確認しそれを数式的に表すことができました。その他にも二つのケースで「分子クラウディング」の効果が確かめられています。現在は「溶媒抽出」への適用実験を進めていて、「分子クラウディング」の効果が大きく発揮されている結果が出てきているところです。

先生が大学での研究の道に進もうとされたきっかけはありますか
 修士課程の段階で就職も検討していたのですが、研究室の教授に博士課程への進学を打診しました。博士課程ではそれまでとは違いとても自由な研究環境でした。最初に自分の考えたテーマを「面白そうだからやってみよう」と教授に認められたのはとても嬉しかったことを覚えています。そして、自分で提案したテーマを進めると、考えたことが結果として出てきて、それを論文にして他の研究者から認められることにやりがいを感じられ、それが今に繋がっています。筑波大学の公募で採用してもらったことも、良いめぐりあわせだったと思います。
この職業やっていて幸せだと思うのは、いろんな場面で面白さを感じることができるということですね。まずテーマを思いついたときの「もしかしたらこんなことができるかもしれない」と思うワクワク感です。その原理検証の段階では、「やっぱり考えていた通りだ」というときはもちろんですが、「予想に反してたけど面白いデータが出た」と言うときもすごく楽しい瞬間ですね。

とても分かりやすく説明していただき、研究の独創性と面白さが良く理解できました。どうもありがとうございました。

(聞き手:矢崎財団 池田)


1) A. Miyagawa,H.Komatsu,S.Nagatomo,and K.Nakatani,Effect of Molecular Crowding on Complexation of Metal Ions and 8-Quinolinol-5-Sulfonic Acid., J. Phys. Chem. B 2021, 125, 9853-9859.

著作文献紹介
  • [1] Effect of Molecular Crowding on Complexation of Metal Ions and 8-Quinolinol-5-Sulfonic Acid.
    A. Miyagawa, H. Komatsu, S. Nagatomo, and K. Nakatani
    J. Phys. Chem. B 2021, 125, 9853-9859
    https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.1c05851