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2022/10/31

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
谷 洋介
タニヨウスケ
りん光、金属フリー有機材料、分子液体、刺激応答材料
ホームページ https://researchmap.jp/tani-y/
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2021年度 奨励研究助成 新材料 大阪大学 大学院理学研究科 PDF PDF
研究題名 光に応答する純有機りん光液体の開発

訪問記

最終更新日 : 2022/10/31

訪問日:2022/10/13
訪問時の所属機関 大阪大学 大学院理学研究科 訪問時の役職 助教

2022年10月13日、谷先生にオンラインインタビューでお話を伺いました(図1)

(オンライン接続直後、谷先生のビデオエリアには光る粒子の写真が表示されました)

今映っているのは「りん光」材料ですか。文字は「Y」と「T」でしょうか
そうです。私のイニシャルの「Y」と「T」です。結晶の粒の上にカバーガラスを被せて、その上から半田ごてで溶かしたところだけが発光する、というデモンストレーション用に作ったものです。これに気づいてもらったのは、初めてかもしれません(笑)。

それではまず、これまでの研究の経緯について教えてください
化学の研究というのは、大別すると二つのジャンルに分かれると思います。一つはどうやって合成するのかという「方法論」の研究、もう一つはどんな性質のものが作れるのかという「物性」の研究です。私は、学生時代には二酸化炭素を有用物質に変換する触媒反応の研究をしていました。つまり「方法論」の方の研究です。当時は物性の調べ方を知らなかったということもあって、「たくさん作ってそれでおしまい」であることに少し寂しさを覚えながら研究をしていた様に思います。その後、ご縁があって小川先生の元で助教をさせていただくことになりまして、「物性」と名のつく研究室に入ることになりました。
小川先生には「好きなことをやってください」と言っていただき、最初に手掛けたのは有機の環構造が四つ繋がった分子でした。この分子は予想外に良く光ったことに加えて、固体と溶液状態では光り方が全然違うことが分かってとても興味を持ち、物質がどんな環境でどんな機能を発揮するのか、という「物性」研究の方向に舵を切るきっかけとなりました。
今回助成していただいた研究の端緒もこの反応に関係していまして、副生成物として偶然見つかった化合物が「りん光」という発光を示す面白い有機物だったわけです。

「りん光」って良く分かっていないんですが、「蛍光」とはどう違うんですか
図2に電子の励起と発光の関係を示しています。電子対のスピンの向きが異なっている普通の状態を「S」(シングレット=一重項)で、スピンが同方向の特殊な状態を「T」(トリプレット=三重項)で表しています。分子の電子状態が基底状態S0から光や電気のエネルギーを吸収してスピンの向きが変わらずに励起状態S1になり、再びS0に戻るときに放出する光が「蛍光」です(青色実線の下向き矢印)。これが普通の有機物の発光です。ところが、何等かの理由で励起状態S1から三重項Tnに移行する場合があります。三重項の一番安定な状態T1から基底状態S0に戻るときに放出する光を「りん光」と言います(赤色実線の下向き矢印)。
たとえば、有機ELは電圧をかけて分子を励起状態にしているわけですが、一重項:三重項=1:3の確率で励起が起こることが知られています。一般的な蛍光材料では、三重項からは光は放出せずに熱になってしまっていますので(赤色点線)、発光効率は最大でも25%にしかなりません。イリジウムとか白金など貴金属の化合物で「りん光」発光するものがありますが、これらは希少で高価な金属です。そのため、金属を含まない有機分子で「りん光」を発するものが望まれているわけです。

理解できました。本題に戻っていただいて、発見した「りん光」材料の話をお願いします
最初にご紹介するのは図3の構造の分子で、合成して精製すると結晶性が高い固体粉末になります。まず、このままの状態でブラックランプを当てると緑色に光りますが、これを擦りつぶすと光る色が黄色に変化することが分かりました。この様に機械的な力で発光色が変わる現象を「メカノクロミズム」と呼ぶのですが、この分子を発見した時点では有機物で「りん光」のメカノクロミズムを示すのはこの分子が世界で初めてのものでした。現在でも2、3例しか見つかっていない珍しいものです。
この発光色の違いを調べていくと、分子の立体構造(=配座)がねじれていると緑色に、平面だと黄色に発光すること分かりました(図3のQRコードを読みこむと、ねじれ配座と平面配座の立体的な違いを見ることができます)。配座の違いで臭素原子(Br)と酸素原子(O)の距離、硫黄原子(S)と酸素原子(O)の距離が変わることにより原子間の相互作用に違いが生じ、これが発光色や発光効率に密接に関係しているということが分かってきているところです。

今回の助成研究は、「りん光液体」の研究でしたね
先ほどの固体では分子が自由に動けない状態ですが、分子が自由に動き回れる状態になると果たして発光はどうなるのか、という興味から進めているのがこの研究になります。
図3の硫黄原子(S)を片方だけを酸素原子(O)に置換すると、先ほどの結晶とは違ってドロっとした蜂蜜の様な液体材料になります。この材料は液体であるにもかかわらず「りん光」を示すものでした。ここからさらに一歩進め、「液体状態だからこそりん光を示す」ということを実証するのも今回の研究課題の一つだと考えています。

この「りん光」材料は偶然の発見だとのことでしたが、どんないきさつだったですか
今日お話ししているのは分子の中央にあるケトン基(炭素と酸素の二重結合の基)が二つある分子「チエニルジケトン」ですが、この片方がアルコールになっている「ベンゾイン」を原料に研究していたときのことでした。研究室は電気物性の研究が中心で発光特性の評価機器が充実していなかったため、学生時代からお世話になっている先生に装置をお借りして評価を進めていました。たまたま持ち込んだ試料の中に黄色の発光の部分と緑の発光の部分があるのに、たまたま先生と一緒に見ていた時に初めて気がつきました。先生はメカノクロミズムを研究されたことがあった経験から、「これ、もしかしてメカノクロミズムかも」とのご意見を頂きました。そのときはそれが「ベンゾイン」だと思っていて、それで終わってしまっていました。
しばらく経って研究室に入った学生さんと実験をしていて、彼が「失敗して副生成物がたくさんでちゃったんですけど、この結晶すごくきれいな緑に光ります」って言うんで、そのとき先生から言われたことを思い出しました。彼に「それ、薬さじで擦ってみて」と頼むと、直ぐにやってみてくれた彼はキョトンとした顔で「光る色、変わりました」と報告してくれたんです。これが「チエニルジケトン」を発見した経緯です。最初の発見は偶然でしたが、調べれば調べるほどとても良くできた分子だなと感じます。研究を進めるにつれて「何かすごいものに出会ったなあ」というのを気持ちが強くなっているところです。

(他にもたくさんのお話をお聞きしたのですが、残念ながらスペースの都合で割愛させていただきました)
聞き手:矢崎財団 池田

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