奈良先端科学技術大学院大学遠藤先生の共同研究先である京都大学伊藤先生の研究室に訪問して、遠藤・伊藤両先生(図1)から助成研究などについてお伺いしました。
【研究のねらい】
研究タイトルにある様に、植物を使ってデンプン質のバイオマスを効率良く生産してやろうというのが研究のねらいですが、私たちはそのための植物として「ウキクサ」に注目しています。ウキクサは木の幹の様な支えとなる構造などは作らずに、光合成をするためだけの組織をどんどん作って育っていくため、非常に増殖が速い植物として知られています。さらに、あるストレスを与えると生育を止めてデンプンを細胞内に貯め込むという私たちが発見した性質を利用すると、バイオマス生産を制御する技術につながるのではないかと考えて研究しているところです。
【短日刺激とデンプン生産】
植物では春や秋になるとそれまで葉を作っていたのに代えて、花を咲かせるものが多く見られます。一般的にこの花を咲かせるスイッチは季節の変化が関わっていますが、その要因にはいろいろあると考えられています。ウキクサの場合は、日の長さが短くなること(「短日刺激」)によって、「これから冬がくるぞ。ほっといても枯れてしまうから栄養を貯めて春を待とう」と判断して、デンプンを貯め込んだ「休眠芽」という特殊な形態になって水の底に沈む様になります(図2)。この休眠芽になるスイッチを光をあてる長さで制御してやればデンプンを効率良く生産できる様になるはずです。
【研究の課題】
植物が日の長さを計る仕組みについては、これまでも多くの研究がされてきていますがまだよくわからない部分が多くあります。キク科の植物など日が短くなっていくことを感知して花を咲かせる、つまり秋に花を咲かせる植物がいる一方で、アブラナ科の植物は春に花が咲くので、日が長くなっていくことを感知しているわけです。さらに、ウキクサの中にも日が長くなって花を咲かせるものと、日が短くなって花を咲かせるものがあるなど、それほど単純ではありません。
この機構を解明していく上でウキクサはこれまで形質転換ができなかったのがネックでしたが、最近はこれができる様になってきましたし、ゲノムサイズも比較的小さいため解析には向いていると言えます。さらに私(遠藤先生)がこれまで研究してきて季節を感知する仕組みがかなり分かってきている「シロイヌナズナ」での知見を合わせて解析することによって、日の長さを感じる仕組みが分かるのではないかと考えています。
温度変化より日の長さの方が制御にいいのはなぜですか?
植物が冬を越えて春を認識することを「春化」といいます。数日暖かい日があってもまた寒い日が続いたりしますので、植物はある温度以下の日を何十日か経験したあとで暖かい日を経験するとすることでやっと「春だ」と認識する様な仕組みになっています。一方で日の長さの変化は正確で、地球上の生物にとっては一番信頼できる時間についての情報源であると言えます。「キタグニコウキクサ」はこの日の長さの変化に対して反応が劇的に速いので、私たちの研究では環境温度を25℃一定にして日の長さによってキタグニコウキクサの成長様式を制御しています(図3)。
ウキクサの中でも、出来のいいやつとか悪いやつなどの差があるのですか?
それはあります。同じキタグニコウキクサの中でも日が短くなっても何も応答しない株があったりします。そんな株はバイオマス生産の目的からすれば出来が悪い株ですが、研究の比較対象にはもってこいの株と言えます。ですから、いろんなウキクサを世界中から取り寄せて集めていますし、日本の中でもあちこちで探しています。
この研究での遠藤先生と伊藤先生の役割の違いは?
遠藤先生:私はウキクサを扱っていないので、ウキクサの生育と特性解析については伊藤先生にお願いしています。それの結果に対し、私が研究してきたシロイヌナズナでの知見と比較検討を一緒に進めようとしています。
伊藤先生:ウキクサの遺伝子をシロイヌナズナに導入したりその逆もできるのですが、この様なツールはシロイヌナズナでの研究の方が発達していますので、この辺は遠藤先生にお願いするところです。
植物研究の道に進まれた動機はどんなことだったでしょうか?
遠藤先生:高校生の頃から、光合成の研究をしたいと思っていたんです。石油はそのうち枯れてしまうだろうからエネルギー問題の解決は植物が解決できるはずだと思って、植物の研究ができるところに進みました。
伊藤先生:配属されたのは微生物学の研究室でバクテリアの遺伝子の研究していたのですが、その遺伝子が植物にもある「時計遺伝子」だったんです。その時計遺伝子や日の長さについて研究するうち、微生物研究室なのに植物の研究をしている、ということになっていました。
遠藤先生にとっての研究活動での面白さとは?
最近、年齢とともにその楽しさが変わってきたことをすごく実感しています。若いころは自分しか知らないことを見つけること、それをみんなに教えることに楽しみを感じていました。ところが最近は、自分の手を動かすことが少なくなっていることもあり、指導している学生さんが今までできなかったことができる様になった、研究者として成長した、ということが純粋に楽しいと思うようになってきました。
そうなると、今まで議論するまでには至っていなかった学生さん達と同じ植物好き同士としての議論がかみ合うようになってきて、ますます面白くなってきます。それぞれが新しいことを一つ見つける度に植物系サイエンスが一歩前に進んでいる気がして、とても楽しい気分になってきますね。
|