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2024/10/17

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
工藤 雄大
クドウユウタ
放線菌、シグナル分子、構造解析、化学-酵素合成、微生物生産、新規化合物
ホームページ https://researchmap.jp/yutakudopopei
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2023年度 奨励研究助成 環境・バイオサイエンス 東北大学 学際科学フロンティア研究所 兼 大学院農学研究科 PDF
研究題名 化合物生産を制御する放線菌シグナル分子の迅速同定法の開発と有用天然化合物の生産への応用

訪問記

最終更新日 : 2024/10/17

訪問日:2024/10/03
訪問時の所属機関 東北大学 学際科学フロンティア研究所 兼 大学院農学研究科 訪問時の役職 准教授

東北大学工藤先生の研究室に訪問して、これまでの研究や助成研究についてお伺いしました。(図1)

【研究の分野は「天然物化学」】
 私の研究は、「天然物化学」という分野に属します。生物が生命活動自体に必要なものを生成することを「一次代謝」と言うのに対し、生命活動の維持そのものに必要ではないけれどそれぞれの生物が生存戦略として生成するスペシャルな化合物のことを「二次代謝産物」と言い、これを一般的には「天然有機化合物」と呼んでいます。この中には天敵に対する毒として生成される化合物がありますが、それを少量・適量に使えば薬として利用できる興味深い化合物もあります。
「天然物化学」の研究では、それらがどの様な化学構造を持っているのかを調べること、それを人の手で合成できる様にすること、更に生物自体がどの様にこれを作っているのかを解明することなどを行っています。

【天然有機化合物の例】
 天然有機化合物にどういったものがあるのか、少しご紹介します(図2)。
「ジベレリン」というのは植物が芽を出すときなどに作られる植物ホルモンですが、実は種なしブドウを作るときに使われています。ブドウ栽培のあるタイミングでジベレリン溶液に浸すことで、種を持たないまま果粒を成長させることができます。これは基礎的な研究が産業に応用されている一つの例になります。
絶滅危惧種であるヤドクガエルは、モルヒネの数百倍の強さの鎮痛作用を持つ化合物エピバチジンを作ります。カエルはこのような成分を自分の防御に使いますが、「ヤドク」の名前の通り人間はこのカエルの皮膚から取ったこの毒を矢に付けて狩猟に使っています。
「ペニシリン」は青カビが作る化合物で、最も有名な抗生物質です。第一次世界大戦では戦地で感染症に侵された何百万もの人の命を救っています。人間の社会に有効利用されている代表的な「天然有機化合物」と言えるでしょう。

【取り組んできた主な研究】
 私の研究では天然で生成された新しい化合物を見つけて、二次代謝でスペシャルな化合物がどの様に作られてどの様な効能を持っているかを調べています。
これまで中心的に行ってきたのは、フグが持っている毒である「テトロドトキシン」の研究です。これは両生類のイモリをはじめ、海でも陸でもいろんな生物が持っている有名な毒ですが、どの様に作られているか分かっていなかったことに興味を持ち研究を続けています。
もう一つの主な研究対象が、今回の助成研究の主役である「放線菌」です。写真(図3)は寒天プレートに菌を生やしている様子です。いろんな形態が出現してとても面白いもので、マラリアに効く活性化合物を作りだしたりしています。放線菌についてはこの後に詳しくお話します。
その他に、ヒト虫歯菌の二次代謝による生存戦略や海にいる光る生物の発光現象などの研究も行ってきました。

【助成研究:放線菌とシグナル分子】
 放線菌は土の中にいる一般的な菌の一群で、薬になる二次代謝産物を多く生産します。現在使われている抗生物質の7~8割はこの放線菌に由来しています。また、放線菌は「シグナル分子」と言われる代謝を制御する分子を生成し、これによって化合物生産開始の合図とすることが分かっています。シグナル分子がどんなものか同定して、それを合成して与えてやれば有用代謝産物を効率良く作らせることができると考えられます。
しかし、シグナル分子は非常に低濃度で機能しているため、数百リットル以上の放線菌培養物を準備してその中からやっと1mg程度の分子を取り出す、という大変な解析プロセスが必要になっているのが現状です。そのため、千種類以上いると言われている放線菌の中でシグナル分子の構造が分かっているのはたった10種類程度でしかありません。私はこの課題に着目し、シグナル分子を迅速に同定し放線菌を効率良く活用する方法の確立を目指しています。

【シグナル分子迅速同定法】
 まず培養液に吸着材高分子(レジン)を入れることで、シグナル分子の生産量を増大させることができると分かりました(レジン共培養法)。吸着剤がシグナル分子を吸着し、培養液中のシグナル分子濃度が上がらない様にすることで、放線菌は「シグナル分子がまだ足りない」と勘違いしてさらにシグナル分子を生産し続けるためだと考えられます。
次に、この培養法で確保した抽出物を液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)という装置にかけます。ここではまず、多くの成分が入っている菌の抽出物からシグナル分子を分離し(クロマトグラフィー)、その後でこれを分子の重さを測る質量分析にかけます。シグナル分子の共通構造(図3の赤色部分)を持つものを質量分析からの結果から絞り込みます。この方法は私が得意としているもので、新しい化合物を見つけるのに活用している方法です。最後に核磁気共鳴装置(NMR)にかけて分子構造を決定します。
この方法によって、従来の方法では一つの化合物同定のために数百リットル以上の培養物が必要だったところを7.5リットルで4種の化合物の同定を達成し、迅速同定法が確立できたと考えています。また、化学-酵素合成法による簡便なシグナル分子の合成法の構築も行っています。

イモリや放線菌など、研究対象に決めるときの要素はなんですか
 天然物化学は歴史が古いので、面白い化合物は既にかなり研究されてしまっています。その様な中で私は興味深い特徴をもちながらも「分析が難しい化合物」を研究対象にしてきました。イモリの毒テトロドトキシンなどは、扱いが難しく、さらに未知成分はほとんどが超微量です。シグナル分子に関しては生産量が少なすぎて解析が困難でしたが、量が少ない化合物を同定するのを得意としていたので研究を始めました。ヒト虫歯菌に関しては生産物がとても不安定ですぐ壊れてしまうものだったので、研究協力を依頼されてスタートしたものです。このような化合物を解析することで、予想外の新たな知見を得てきています。

今後のこの研究の発展性についてはどの様に考えられていますか
 放線菌から抗生物質などの有用化合物を得る研究は、数十年前に製薬会社が盛んに行った黄金期がありましたが、そのあとはなかなか新しいものが見つからない状況が続いています。ただ、やってみるとまだまだ見つかるんですね。ですから、天然化合物は無限と言えるほどにあるのではないかと私は考えています。
これまでは、解析の難しさや多大な労力を要することから研究の敷居が高い状態だったわけですが、今後それが下がって世界的に化合物探索がまた活発化するともっともっと有用な物質が発見されてくるだろうと思います。今回のシグナル分子の研究は、まさに放線菌研究の敷居を下げることに寄与する研究ではないかと考えています。

著作文献紹介
  • Y. Kudo, K. Konoki, M. Yotsu-Yamashita, Mass spectrometry–guided discovery of new analogs of bicyclic phosphotriester salinipostin and evaluation of their monoacylglycerol lipase inhibitory activity, Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry 2022, 86(10), 1333–1342.
  • Y. Kudo, C. T. Hanifin, M. Yotsu-Yamashita, Identification of tricyclic guanidino compounds from the tetrodotoxin-bearing newt Taricha granulosa. Organic Letters 2021, 23(9), 3513–3517.
  • Y. Kudo, T. Awakawa, Y-L. Du, P. A. Jordan, K. E. Creamer, P. R. Jensen, R. G. Linington, K. S. Ryan, B. S. Moore, Expansion of gamma-butyrolactone signaling molecule biosynthesis to phosphotriester natural products. ACS Chemical Biology 2020, 15(12), 3253–3261.
  • Y. Kudo, T. Yasumoto, D. Mebs, Y. Cho, K. Konoki, M. Yotsu-Yamashita, Cyclic guanidine compounds from toxic newts support the hypothesis that tetrodotoxin is derived from a monoterpene. Angewandte Chemie International Edition 2016, 55, 8728–8731.