研究紹介文にもとづき、助成対象となったご研究の詳細を伺いました(図1)。以下は主な質疑応答です。
ご研究を始めた契機はなんですか?
通信ネットワークを介した情報やサービスは、普段の暮らしに欠かせない存在となりました。身近な例ではスマートフォン。2020年には日本でも5Gと呼ばれる次世代型のサービスが始まります。高速・大容量、多接続、超低遅延といった特長を支えるために、基地局は光ファイバで接続されています。増え続ける情報をより少ない光ファイバで通信できるようにするため、光ファイバ通信では一本の光ファイバに異なる光の強さや位相、波長(光の色)を同時に伝え、大容量通信を行う技術(光コヒーレント技術)が用いられています。波長は道路でいうと車線にあたり、様々な波長のレーザを用いることでより多くの情報を同時に送ることが可能です。しかし、様々な波長を同時に出力するには高精度な光源が求められ、より一層の普及にはコストと消費電力に課題があります。光源をできるだけシンプルにし、コストを下げ、消費電力を下げることができれば、より身近に光ファイバ通信が用いられるようになると考え、この研究を始めました。
ご研究の独創性を改めてお伺いします
単一の光源から複数の波長の光を生成する技術として単側波帯変調と呼ばれる技術があります。これは、基準となる波長の光を一定波長ずつずらす(シフトさせる)ことでスペクトルがくし状に並んだ光周波数コム(comb)と呼ばれる複数の波長の光を出力する技術です。光源は一つで済むのですが、波長をシフトするたびにノイズ成分が積み重なっていく(重畳する)ため、波長のシフト数が大きい場合では光通信用の光源として用いることは困難でした(図2)。そこで私は半導体レーザの注入同期という現象に着目いたしました。注入同期は波長の異なるレーザ光源に基準となるレーザを当てると、基準波長と一致した波長で発振する現象です(図3)。この現象を用いることで、複数の光源を用いつつ、単一光源と同様の精度で波長がシフトした光周波数コムを生成することが可能です。また基準となるレーザ一つについてシフトさせる回数が減るため、ノイズ成分を減らすことができます。高性能な変調器や非線形効果等を用いた周波数コム生成法とは異なり、注入同期の現象をうまく活用して低コスト、低消費電力の周波数コム生成を目指すという研究例はなく、私の研究のユニークな点であると言えます。
実用化されると暮らしはどう変わりますか?
今後ますます高速・大容量通信が身近になってきます。しかしながら、通信用光源で費用が掛かってしまったり、消費電力が増えてしまったりしては広い普及が望めません。この技術が実用化すれば低コスト、低消費電力通信が可能になり、私たちが通信サービスを今後もリーズナブルな価格で利用するための基盤技術として貢献すると考えます。
研究者を志したきっかけを教えてください
振り返ると高専時代の卒業研究がきっかけだったと感じます。一般的には指導者である先生からテーマを頂くことが多いですが、私の場合は指導者の助言の下で自身のアイデアを探求する機会を与えてもらえました。テーマの提案、新規性の設定から最終報告まで、自分の力でやるきることができました。自信がついたと同時にこの分野でどこまで自分の実力が通用するかを試したくなり、今に至ります。
研究活動の面白さは何ですか?
一番の面白さは自分のやりたいこと、調べたいことを思う存分探求できることだと思います。例えば企業だと事業戦略や利益など、他にも考慮すべき点があるかと思います。そういった制限がなく、自分のやりたいことをやれることが、研究活動の面白さでしょうか。どちらかというと仕事よりも趣味に近いかもしれません。
後進の方に伝えたいことは何ですか?
いわゆる『食わず嫌い』をなくすことが大切だと感じます。私も意識しています。普段の暮らしの中には「興味がない」「私には関係がない」と感じるようなこともあるかと思います。そういった自分の価値観から少しずれた事柄を突き放して、自らの枠を狭めてしまうと、最終的には損になってしまうのではないでしょうか。私は分野外の研究でも、興味を持って「技術を活かせないか」、「共同研究できないか」、と常に考えています。そういった取り組みから学んだことが後で役に立つことも多くあります。不思議と意外なところで意外なものが役に立ちます。
後記
先生のお話から、ひらめきとは、待つのではなく、自らが働きかけて作るものだということを感じました。目の前の課題にどう向き合うか。枠を狭めるのではなく、拡げることで新しい何かを創り出す。先生のそのような取り組みから生まれたご研究成果が広く暮らしの場で活用されることを期待しております。
(技術部長 鳥越昭彦)
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