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2020/12/07

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
土屋 敬志
ツチヤタカシ
全固体電池、キャパシタ、固体イオニクス、電気二重層、ナノイオニクス
ホームページ https://samurai.nims.go.jp/profiles/TSUCHIYA_Takashi
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2019年度 一般研究助成 エネルギー 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 PDF
研究題名 リチウム及び多価イオン固体電解質における界面分極挙動の定量評価

訪問記

最終更新日 : 2020/12/09

訪問日:2020/11/20
訪問時の所属機関 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 訪問時の役職 主幹研究員

オンラインインタビュー(図1)で、助成対象テーマの内容や研究に対する考え方などをお伺いしました。


今回申請した研究に着目したきっかけはなんですか
 私は、固体電解質に関する研究をしています。固体電解質は、固体でありながら内部をイオンが伝導して電気を流す材料です。研究のきっかけは、学生時代に取り組んだことに遡ります。この時の固体電解質の薄膜に関する研究が、現在の固体電解質の界面の研究につながっています。界面というのは、体積的にはバルク(物質の本体)と比べ圧倒的に小さい部分ではありますが、電気特性などは界面の性質で決まることがよくあります。エレクトロニクス分野では古くから界面の研究が行われ、特性の向上が行われてきました。しかし、固体電解質の研究では、界面はまだわからないことだらけの状態です。さらに、今までは燃料電池などが使われる高温での研究が盛んでしたが、リチウム全固体電池などが使われる室温における界面の研究はあまり行われていませんでした。
 このような背景のもと、固体電解質の界面の研究は、未知な部分が多くて、やるべき仕事が多いと考え取り組みました。

この研究の独自性のポイントを教えてください。
 今回の助成研究テーマは、リチウム及び多価イオン固体電解質界面近傍の分極挙動を従来にない手法で解明するものです。今までは電気化学的な手法によりイオンの流れを利用して評価していました。この方法は現在の液体電解質(電解液)を使う電池では問題になりませんでしたが、固体電解質では、界面だけでなく、バルクに存在する電荷(化学容量)の影響を受けて、界面分極の正確な評価ができないという問題が発生していました(図2)。このため、リチウム全固体電池では電極界面の分極が電池の充放電特性に影響を与えることが定性的にわかる程度でした。
 私の研究は、固体電解質を流れるイオン電流に対して垂直方向の電子電流を利用し、全固体電池のようなデバイスに使われる固体電解質の界面分極を新しい手法で観察する技術です。これにより、今までの方法では難しかった界面分極の定量的な評価が可能となります。リチウムだけでなくより価数が多いイオン(多価イオン)が流れる材料にも注目し、様々な固体電解質の界面がデバイスにどのような影響を与えるかの評価が可能となり、デバイス開発に大きな一助となると考えています。(図3)

対象となる研究の応用領域を教えてください。
 これからの私たちの生活を豊かに変えていく次世代技術には、固体電解質との界面が性能を大きく左右するものが少なくありません。それら全てがこの研究の応用領域です。
 先ずは、全固体電池です。現在広く用いられているLiイオン電池は可燃性液体を電解質に使っているため、燃えるというリスクがあります。一方全固体電池は、可燃性液体を固体に置き換えることで燃えないようにしたものです。さらに、エネルギー密度も高くできるため、電池の小型化も期待できます。
 電池以外では、人工知能用途のデバイスがあります。現在は電子が主役のICが使われていますが、覚えたり忘れたりといった人間の脳神経回路の働きを模擬するニューロモルフィックデバイスでは、固体の中の電子だけでなくイオンが重要な働きをします。この技術で圧倒的な低消費電力化が図れるとともに、より高性能に情報処理できる可能性があり、世界中で研究が進んでいます。
 これらはエネルギー、人工知能という一見全く違う応用領域ですが、実は「固体電解質との界面」というキーワードで結ばれています。私の研究はこれらの幅広い次世代技術の実用化を加速させるためのものです。

研究の面白いところ、想いを教えてください
 私が研究をやっていて面白いと思うのは予想が外れたときです。予想外の結果がでたときは、その原因を探るためよく考えます。ほとんどの場合はただの実験の失敗だと判明するのですが、まれに、どうしても失敗と結論できない「正しい」予想外の結果が見つかります。そういう時には、新しいメカニズムを想定して、その検証として実験を行います。このようにして新しい現象を見つけた時は非常に興奮します。
 また、私の所属する物質・材料研究機構で「原子スイッチ」と呼ばれる、固体電解質を使った新しいスイッチング素子が国内企業と共同で実用化された成功例を身近で見てきました。この経験を通して、自分の知的好奇心を満足させることも重要ですが、人の役に立つ技術開発に魅力や使命を感じています。現在着手している研究を通してエネルギー、人工知能の分野でこれから起こるイノベーションに貢献できれば良いと思います。

研究にこれから携わる学生に伝えたいこと
 学生には自己実現を意識してほしいと思います。どういう人になりたいか、そのために今できることは何か、そのイメージをしっかり持ってほしいと思います。
 私は現在、4人の学生に教えています。彼らには学位を取った後、どういう研究者になりたいか、そのために研究スキルをどう磨くか、そしてどのような業績を積んでいく必要があるか、それらを出来るだけ具体的にイメージしながら学生生活を送ってほしいと伝えています。例えば、学会での発表は自己実現に向けたアピールの機会にもなりますから、準備不足で臨んではもったいないと思います。ただし、これは私が学生だった頃にはわかっていなかったことですから、学生にわかってもらう工夫を私自身がしなければいけないということを日々感じています。実際に学会で学生が気持ちのこもった良い発表ができた時や、それで学生が賞を頂いた時には、少しは伝えられているのかな、と嬉しく思います。
 現在、世界には深刻な問題が山積していて、それらを解決し世界を持続させていくために研究者が果たす役割は大きいです。若くて可能性に溢れた学生の皆さんが1人でも多く研究に挑戦してくれることを願っています。

後記
 先生は学生時代に固体電解質の界面の研究を始めたそうです。当時は固体電解質を用いた燃料電池に多くの研究者が取り組んだ中、固体電解質の界面の研究は研究者の少ない分野であったと思います。まだ誰もやらない未知の研究分野に取り組んだことにより、現在の環境問題やAIなどの情報処理技術に飛躍的に貢献する研究につながりつつあると思いました。
 固体電解質の界面の研究は基礎技術であり、応用分野は予想できないものも含め多くあると思います。先生の技術が多くの製品に貢献する日が来ることをお祈りしています。
(矢崎財団常務理事 砂山竜男)

著作文献紹介
  • In Situ Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy of Space Charge Layer in a ZnO-Based All-Solid-State Electric Double-Layer Transistor.
    T. Tsuchiya, Y. Itoh, Y. Yamaoka, S. Ueda, Y. Kaneko, T. Hirasawa, M. Suzuki, K. Terabe,
    The Journal of Physical Chemistry C. 123, 16 (2019) 10487-10493