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2020/12/25

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
正井 宏
マサイヒロシ
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2019年度 奨励研究助成 新材料 東京大学 大学院総合文化研究科 PDF PDF
研究題名 発光・屈折・液晶材料に対する直接的光微細加工技術の創出

訪問記

最終更新日 : 2020/12/25

訪問日:2020/11/13
訪問時の所属機関 東京大学 大学院総合文化研究科 訪問時の役職 助教

リモートインタビュー(図1)にて、助成対象テーマの特長や研究に対する考え方などをお伺いしました。

「光微細加工」に着目した理由は何でしょうか
 世の中の材料加工に、光は数多く使われています。フォトリソグラフィーは光でレジストを微細に加工することができますし、離れている箇所にでも遠隔位で操作できるなどの特長から、光は様々な加工に用いられています。しかし、光加工にはひとつ本質的な問題があります。光で「加工できる」ということは、環境光によっても材料が「変形・変質してしまう」ので、日常的な材料にはなかなか使われ難いということです。つまり「光加工性」と「光安定性」はトレードオフの関係にあります。そのため、残念ながら我々の身の回りで光加工材料は広く使われているわけではありません。フォトレジストなどの様に、一時的に利用して役目を終えたものは取り除かれてしまうなど、我々の身近に登場することはほとんどない材料なのです。しかし、この技術は非常に微細な加工ができ、大面積の物性を一気に変えることができるので、身の回りの材料に使える様になれば、より広く社会に役に立つのではないか、との考えからこの研究を着想しました。

光機能「発光・屈折・液晶」と「光加工」とはどの様な関係があるのですか
 光で「形状や固さ」を「加工する」だけでなく、光で光機能を「変化させる」=「加工する」という意味でも「光加工」ということばを使っています。例えば、元々青く光る材料に対して、光を当てた部分だけを赤く光る材料に変える、という様なことです。「発光、屈折、液晶」は光が当たることで機能する性質ですので、この機能自体を光刺激で加工できる材料を作ったとしても、光機能として使用する場面では更に変化が進んでしまいます。この使用場面での変化を止めることができれば、光機能の加工が可能でなおかつ劣化しない光機能材料となります。

このトレードオフの問題を解決する考え方を教えて下さい
 光単独で加工しようとしてもその後に光で壊れてしまう、という問題については、光だけではなくもう一つ別の刺激(図2の「X」)を用いることで解決を目指しました。つまり二つの刺激が共存するときにだけ加工ができれば、使用時にはその刺激を取り除くことによって、その材料は光に安定で光機能も実現することができるはず、と考えられます。この二つの刺激で加工する方法を「デュアルアクティベーション」と呼んでいます。

この「第二の刺激」はどの様にして発見したのですか
 実は偶然の発見でした。学生さんがある金属錯体の発光特性を測定する実験を行っていた際に、機器のスイッチを押し間違えてしまい、いつもとは違う発光現象が起きました。その現象を突き詰めると、ある「化学的刺激」が存在すると光反応が劇的に加速することが分かりました。これが他に利用できないかと考えた時に、ポスドク時代の経験を踏まえて、この錯体を高分子の中に組みいれることでデュアルアクティベーション材料になるのでは、と着想して研究が始まりました。
 この学生さんがこの現象を報告してくれなかったら、今の研究はなかったと思います。彼はとてもフレンドリーな学生さんで、押し間違えたことでも隠さず伝えてくれたことが大きな発見に繋がりました。

「高分子」は元々の先生の研究バックグラウンドから少し違ったものだったのですか
 修士・博士課程では、有機共役系、金属錯体、超分子に関する研究を進めてきました。その後、日本学術振興会のポスドクをさせて頂く機会があり、その時に思いっきり分野を変えた方がいいというアドバイスから「高分子物理」の分野に足を踏み入れてみました。物理的な考え方も新しいことでしたが、高分子材料をどうやって上手く作るのかとか、その解析方法など、それまで全然知らなかったことをかなり勉強させてもらいました。これが今の研究のかなり大事な部分を占めています。

学生時代から多分野に渡った研究をされていますが、新しい分野に踏み出すのは大変ではないですか
 もちろん大変でした。もし自分なりのコツがあるとすれば、複数の分野を絡めた研究しつつときどき片足だけ変える、つまり、自分の得意分野を半分残したまま新しいエッセンスを入れていく、ということかと思います。うまく行ったこともあればうまく行かなかったこともありますが、ダメだったらスッと足を戻してまた考え直し、違うところに足を移していく、というスタイルで少しずつ前に進んでいきました。

化学の研究者になろうと思った理由は?
 小さなころからモノを作ることとパズルを解くことが好きでした。高校時代の有機化学で化合物を推定する問題がパズルの様で面白く、それが化学に興味を持った最初です。実際に研究を始めると最初は結構苦労しましたが、結果が出てくることは楽しくて、修士・博士と進学していきました。企業か大学かを迷ったときもありましたが、若い人からも意見を貰いながらディスカッションして答えを探していく、ということができるとしたら大学の教員ではないか、と思いこの道を選びました。

人との交わりが大切、ということでしょうか
 研究は独自性が大事ではありますが、一人だけで研究が成立することは少なく、実際には人とディスカッションしていく中で生まれるアイデアも多くあります。二人が共に答えがわからない状態で話を始めても、話していくうちにどちらからともなくアイデアが生まれる瞬間があります。これはとても大切なことだと思います。まとまらなくても良いのでとりあえず話して見るのが大事、というのは研究室でも良く学生さんたちに伝えています。

その他に若い方に伝えてたいことは?
 二つ・三つの専門があるというのが、これからの時代は求められると思います。一つの分野を極められる人は多いですが二つ三つという人は少ないです。大学の研究、特に博士課程はそれを手に入れる最高の機会だ、ということを伝えたいです。これはゆくゆく企業に行かれる方であっても、ここで手に入れた第二第三の専門というのは必ず役に立っていくはずです。

後記
 コロナ禍で研究の進捗に苦労されている方も多い中、正井先生は今年度に入ってからこの研究でいろいろと良い成果が出ているということで、今回はそれらホットな研究結果を聞かせて頂くことができました。最新の成果なので当然未公開なため、「第二の刺激」の「化学的刺激」が何なのか、刺激に反応する機構や金属錯体ユニットのバリエーション、その他にも面白い成果を数々お聞きしたのですが、お読みになっている皆さんにここでお伝え出来ないのが残念です。先生から今後の発表/論文と助成研究成果報告書(2021年6月頃)まで期待してお待ちください。
 研究に対する想いや考え方も、これから研究の道へ進むことを考えている方々へ参考になるお話で、私も周りの若い人に伝えたいと思います。貴重なお話をお聞かせいただき誠にありがとうございました。
(矢崎財団技術参与 池田実)