産総研後藤主任研究員の研究室に訪問して(図1)、助成研究などについてお伺いしました。
【研究のバックグランド】
研究のスタートは、慶応大学博士課程で「熱電材料」の研究に取り組みました。研究分野としては物理系の固体物理になります。その後、東大でのポスドク2年間は化学系に分野を変えて太陽光で水を分解する「光触媒」の研究に携わりました。2017年からは都立大物理学科で「熱電材料」と「超電導材料」の研究で物理系の研究にもどり、昨年から現職の産総研で「熱電材料」の研究を継続しています。
研究に取り組む目的としては「革新的な新材料開発による社会貢献」を目指していますが、この二つ分野での経験は固体物理と化学の両分野の知見に立脚した物質デザインができることにつながっています。特にこれまでに研究の中で数多くの元素について取り扱ってきた(図2の青枠)ことで、元素の特性を良く理解し目的に応じて材料設計・合成ができる強みになっていると思います。
本日は、「化学系」から水分解光触媒、「物理系」から助成研究で取り組んでいる熱電材料の研究について紹介します。
【水分解光触媒】
「水分解光触媒」というのは、太陽光と水を原料としてそこから水素を掬い取る「人工光合成」の実現に向けた研究です。ポスドクのときに、NEDOプロジェクトで担当していました。
当時までに報告されていた光触媒では、Ga2O3(酸化ガリウム)やNaTaO3(タンタル酸ナトリウム)は50~70%の非常に高い量子効率を持っているが吸収できる光の波長が300nm以下で太陽光を利用することができない、太陽光を利用できるGaN:ZnO(窒化ガリウム・酸化亜鉛の固溶体)などは量子効率が10%に満たない、という状況でした。そのため、太陽光を吸収できて量子効率の高い材料を開発する必要がありました。そこで取り組んだのが、SrTiO3(チタン酸ストロンチウム)という材料です。光触媒として古くから研究されてきた材料ですが、更に効率を上げるために材料とプロセスの開発を進めました。
材料設計としては触媒活性に悪影響がある3価のチタンを3価のアルミニウムで置換すること、合成プロセスとしてはアルミナ添加したフラックス処理(結晶成長による触媒活性向上)で結晶性の向上と触媒表面積の低減を両立させることによって、当時の世界最高の量子効率56%(波長365nm)を達成しました。
【pn共存型熱電材料(助成研究)】
熱電発電は古くはアポロなどの宇宙探査機で利用され、近年ではIoTセンサや体温で発電する時計などで採用されてはいますが、長い歴史がある一方で実用的に普及していないのが現状です。従来の熱電モジュールはπ型素子と言われるようにp型半導体とn型半導体を電極で接続したもので(研究紹介文の左図)、高温熱源側の電極と熱電材料の界面で酸化や原子拡散などが起こりモジュールが劣化してしまう課題があります。この課題解決のために、一つの材料の中でp型とn型が共存する材料を用いることで、抜本的に新しい熱電発電のモデルを実現することを目指しています(研究紹介文の右図)。
本研究でターゲットにしているのは、Mg3Sb2(マグネシウムアンチモン)、Mg3Bi2(マグネシウムビスマス)といった二元系化合物で、図3の様な緩やかな層状構造をしています。層状物質は面内方向(図の横方向)には電気を流すが面間方向(縦方向)には電気を流さないというのが一般的ですが、これらの物質は層状であるにも関わらず縦方向にも電気が流れる性質があります。この性質に着目して理論計算すると、結晶の方向によってp型とn型が変化する性質が現れそうだということが分かり合成に取り組みました。
この材料の二つの元素は性質がかなり違いますので結晶を作るのはかなり難しいのですが、原料の組成比・ドーピング有無・るつぼの種類・プロセス条件の調整などによって単結晶育成に成功し、pn共存型材料であることが確認できました。これまでにある程度の特性は出ていますが、さらなる性能向上が見込める条件が予想できていますので、それを目指して研究を進めているところです。
pn共存型材料は、熱電以外の用途にも可能性がありますか
半導体電子デバイスを作る上で、p型材料とn型材料を組み合わせるのは機能発現のための本質的なことです。ダイオード、トランジスタ、LED、太陽電池、これらはすべてp型とn型の組み合わせでデバイスを構成しています。今後は、熱電発電にとどまらない新型デバイスを探求していきたいと考えていますが、私としては熱電以外に何に使いたいかと言われたら、やっぱり「光触媒」になります。
研究者を志されたのはいつ頃だったですか
それほど若いころではなくて、博士課程での先生との出会いがアカデミアに進もうと考えるきっかけになりました。大学院生のときに、的場研究室出身でその後東工大でポスドクを務められた神原先生が教員として研究室に戻ってこられました。神原先生は、東工大の細野研究室で「鉄系超電導」という新しい一分野ができる様な非常にインパクトのある研究をされた方で、「物質をつくる」ことに関していろいろ教えていただき非常に影響を受けました。
今後の研究方向性は
最初にも申し上げた通り研究で目指す目的は、「材料分野でブレークスルーを起こしてカーボンニュートラル社会実現への貢献」することです。
その中で現在所属している産総研は、どちらかというと大学と企業の中間に立ってやや応用よりの研究のポジションなので、企業での応用に向けて自分のテクニックや能力で貢献できることがあればもちろん協力させていただきたいと思います。一方で私自身の研究のスタンスとしては基礎研究に重きを置いて、30年後の社会に貢献できる様な「新原理に基づく革新的な研究成果」を創出していきたい、と考えています。
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