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2023/08/07

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
佐藤 弘志
サトウヒロシ
多孔性材料、結晶、金属-有機構造体(Metal–organic framework)、多孔性配位高分子(Porous coordination polymer)、近赤外光、光熱効果
ホームページ https://cems.riken.jp/jp/laboratory/emaru?lang=jp
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2022年度 特定研究助成 理化学研究所 創発物性科学研究センター PDF
研究題名 近赤外光を熱エネルギーへ変換する多孔性結晶の開発

訪問記

最終更新日 : 2023/08/06

訪問日:2023/07/04
訪問時の所属機関 理化学研究所 創発物性科学研究センター 訪問時の役職 ユニットリーダー

佐藤ユニットリーダーの研究室に訪問して(図1)、研究インタビューをさせていただきました。

助成研究の概要
 太陽光から地上に届く光エネルギーの半分を占めながらも有効利用の道筋の立たない「近赤外光」を効率よく熱エネルギーへと変換し、ガス分離や化学変換反応促進へ有効利用することを可能にする『近赤外光を熱エネルギーへと変換する多孔性結晶』が研究対象。
巨大なπ共役系分子を利用した系への展開を計る目的で、縮環ポルフィリン(図2)を用いて合成した多孔性結晶は、縮環ポルフィリン平面によって囲まれたナノメートルサイズの細孔を有し、近赤外光のオンオフによって特異な収縮・拍動現象を示すことを世界で初めて見出した。本研究では、この特異な結晶収縮現象の機構解明を行うと共に、オンデマンド吸着制御ならびにポンプ機能を併せ持つ化学変換反応場への応用を検討する。

穴のあいた結晶
 私はこの10年ぐらい、微細な穴のあいた結晶を研究しています。結晶の中では、分子や原子が規則正しく並んでいますが、その結晶の中に、他の分子や原子を取り込むのに適したサイズや形状の微細な穴があいていれば多孔性材料として様々な用途が考えられます。結晶性のものに限らず、多孔性材料は、炭素材料のように古代エジプト時代から現在まで、人類の生活に欠かせないものとして使われています。私は従来の多孔性材料に比べると比較的新しい多孔性材料を扱っています。それが、金属-有機構造体や多孔性配位高分子と呼ばれるものです。有機物である配位子と金属イオンの組み合わせを適切に選んであげると、それらの間で配位結合という方向性があり、ある程度の可逆性がある結合が形成されながら、これらの分子や原子が規則正しく配列していき結晶材料へと導かれます。また、金属イオンを介さないで多孔性材料を形成することにも挑戦しています。

これまでの研究から新たな発見へ
 これまで、様々な外部刺激に応答する穴のあいた結晶性材料を研究してきました。過去の例を3つに分けて紹介すると、1つ目は光を当てると構造や機能が変化するもの、2つ目は指などで抑えるような圧力に対して構造・機能が変化するもの、3つ目は穴の中に何か入ったり出たりする化学的な刺激に応答するものがあります。外部刺激に応答する材料の典型的な例として、光応答性材料をデザインする上では、重要な2つのモチーフがあります。1つは、光を当てた時に光化学反応を示す「光反応性モチーフ」と、もう1つは、「構造柔軟性モチーフ」(2次元の層状構造が層間距離を変えたり、3次元的なジャングルジムのような構造が知恵の輪のように入れ子になってある範囲で可動したりするような構造)です。これら2つのモチーフを組み合わせて結晶構造をデザインし、合成することにより、構造柔軟性と光応答性が協奏する多孔性結晶となります。
 私たちはこれまで、有機物の光化学反応でよく使われる紫外光から可視光領域(波長:300–800 nm)の光に応答する多孔性結晶を開発してきました。それらの光に対して、より波長の長い近赤外光(波長:> 800 nm)は、一般的な光化学反応を引き起こすにはエネルギーが低く、これまで他のグループも含めてあまり扱われていませんでした。では、どうやって近赤外光を使うかというと、有機物で光を吸収し、効率よく熱に変えるような多孔性結晶を実現することができれば、活用の可能性があるのではないかと考えました。
 ポルフィリンが2個つながった縮環ポルフィリン分子は、近赤外光領域の光をうまく吸収できる特性があることに着目しました。両端にカルボン酸を導入した縮環ポルフィリン分子を、亜鉛イオンと反応させ、3次元的なネットワーク構造を有する多孔性結晶を合成しました。この構造体には、2種類のnmサイズの穴があります。また、結晶全体の体積を100としたときに、その86%が穴となっており、結晶のほとんどが穴として使えることとなります。ここで合成した150μm角の金属-有機構造体に近赤外光を照射すると15%程度の体積収縮が引き起こされ、照射を止めると元の形状・サイズへと戻りました。光照射のオンオフを繰り返すと結晶が連続的に収縮・拡張を繰り返す拍動現象が観測されました。このような近赤外光に応答し、マクロな形状変化を起こす多孔性結晶は世界初の発見です。今後、基礎科学的な機構解明とガスの吸脱着制御やポンプ機能を持った結晶反応容器の提案などの応用検討を進めます。

結晶は美しい
 世の中には数多くの、美しく面白い機能を示す分子が知られています。また、化学的に無理のない構造であれば、大抵の分子を作ることができる時代になりましたが、個性の強い分子を並べるとどういう機能が出るか、集合体としてどう振る舞うか、というところは実はよくわかっていません。そこで、個性的な分子をうまく並べて、ものすごい機能を実現するということをイメージしています。その中で、なぜ結晶かというと、これは単純に面白いのです。結晶は、とにかく綺麗で美しい。結晶を観察しているといろいろな発見もありますし、研究対象として結晶というのはすごく魅力的です。実は結晶成長の初期過程は見ることさえ難しいなど、まだわかってない部分があるのも魅力です。

チーム力
 私は現在、理化学研究所でユニットリーダーという立場でチームを率いています。このユニットは、私とポスドク2人、学生3人の6人で構成しています。実験のやり方や論文、研究発表など私の方が経験のある部分は指導する形になりますが、指導するというよりは、共同研究者というスタンスの方が近いです。お互いに調べて考え、意見を出し合う中で方向性を定め、まずやってみようとなる。共有しながら、時には反発もしながら研究を進めて湧き出てくるものの方がトップダウン的に指導するより、大きなインパクトを産み出すと思います。もっとも重視していることは、うまくいってないことを共有するということ。定期的なウィークリーミーティングで、あえてうまくいってないところをシェアすることで、その場では解決しなくても、少し違うテーマをやっている人から違うアイデア、違う角度で答えが出てくることがしばしばあります。私がその場でこれだという答えを出せなくても、めぐりめぐって、どこかで繋がるときがあります。

著作文献紹介
  • "An Elastic Metal–Organic Crystal with a Densely Catenated Backbone"
    Nature 2021, 598, 298–303.
  • "Accumulated Lattice Strain as an Internal Trigger for Spontaneous Pathway Selection"
    J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 15319–15325.
  • "Photochemically Crushable and Regenerative Metal–Organic Framework"
    J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 14069–14073.
  • "One-Step Synthesis of an Adaptive Nanographene MOF: Adsorbed Gas-Dependent Geometrical Diversity"
    J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 15649–15655.
  • "Stepwise Expansion of Layered Metal–Organic Frameworks for Nonstochastic Exfoliation into Porous Nanosheets"
    J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 53–57.