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2023/06/01

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
谷口 耕治
タニグチコウジ
キラリティ、強磁性体、有機・無機ハイブリッド化合物、インターカレーション、空間反転対称性の破れ
ホームページ http://www.chemistry.titech.ac.jp/~taniguchi/
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2022年度 一般研究助成 材料・デバイス 東京工業大学 理学院化学系 PDF
研究題名 キラル分子インターカレーションによる空間反転対称性の破れた強磁性体の創製と機能開拓

訪問記

最終更新日 : 2023/06/01

訪問日:2023/05/16
訪問時の所属機関 東京工業大学 理学院化学系 訪問時の役職 教授

谷口先生の研究室に訪問して(図1)、研究インタビューをさせていただきました。

今回の助成研究のねらいを教えてください
酸化物などの無機物の磁性体では、結晶構造や磁気構造が反転心を持たない、「空間反転対称性の破れた」対称性の低い物質において、電気と磁気を結合させる特異な面白い物性が発現することが、これまでに見出されてきました。ただ、無機物で「対称性の破れた」物質を設計するのはかなり難しいことです。今回の助成研究では磁気特性を制御しやすい無機物と対称性の破れを設計しやすい有機物を組み合わせて「対称性の破れた」状態を作り出し、新奇な物性を開拓するための物質設計をすることがねらいです。この研究は、過去に進めてきた研究のバックグラウンドから発生している要素があるので、最初にこれまでの研究を少し紹介します。

(これまでの研究について)
主な研究の一つ目は「マルチフェロイクス」と呼ばれる、ひとつの物質の中に複数の強的秩序が共存した系、例えば強磁性と強誘電性がひとつの物質の中で共存している様な物質についての研究です。この研究では、MnWO4やBa2Mg2Fe12O22などのキラルな(鏡に映した構造が元の構造と重ね合わすことができないこと。右手と左手の関係に相当)磁気構造を持つ遷移金属酸化物の磁性と誘電性の相関性を調べたところ、磁場により、劇的に電気分極を変化させられる新しいタイプの「マルチフェロイクス」であることを発見しました。この研究からは、「空間反転対称性の破れた」状態が、このような特異な電気と磁気の相関現象を誘起する上で非常に重要な要素であることを学びました。その一方で、焼成などの高温のプロセスで合成される酸化物は、意図的な対称性の制御が難しいということも研究を行っていて実感し、電気と磁気の相関現象をさらに研究していくには、別の視点からのアプローチも必要だと考え始めました。
そこで次に取り組んだのが、近年、エネルギー貯蔵や触媒などへの応用の可能性が注目されている「有機金属構造体(MOF=メタルオーガニックフレームワーク)」を用いた電気磁気相関の研究でした。この研究では、多孔性のMOFに存在するたくさんの結晶格子の隙間に、リチウムイオン電池のシステムを利用してイオンの出し入れをすることによって、磁性状態が変化する現象を発見しました。つまり、電池の充放電と連動して、MOFが磁石になったり磁石でなくなったりする、磁性のスイッチング現象を実現したわけです。

この二つの研究成果が、今回の助成研究につながっていくわけですか
上の研究ではリチウムイオン、つまり丸い等方的なイオンを物質に出し入れしたのですが、これに代えてキラルな分子イオンを入れてやれば「空間反転対称性の破れた」状態を設計できるはず、というアイデアを思いつき、最近は研究を進めてきました。特にこの数年は、次世代太陽電池として注目されている「有機無機ハイブリッドペロブスカイト系化合物」にキラル分子を組み込んで、このアイデアの検証に取り組んできています。その結果これまでに、
・PN接合界面がなくても単一の物質のみで太陽電池としての性質が出る「バルク光起電力効果」
・円偏光照射により非磁性の物質でもスピンをもった電流の発生が期待される「円偏光ガルバノ効果」
・眺める方向によって色や明るさが異なって見える「光学的電気磁気効果」
など「空間反転対称性の破れ」が引き起こす様々な現象が確認でき、キラル分子で対称性の制御がうまくできそうだということがわかってきました。
そして、次のステップとして考えたのが今回の助成研究です。層状の無機強磁性体の層間にキラル分子イオンを挿入することによって(図2)、人工的に「空間反転対称性の破れた」有機無機ハイブリッド磁性体を新しく設計し、新奇な電気磁気物性を創出したいと考えています。

キラル分子を導入するという発想は、どの様にして生まれたのでしょうか
もともと応用化学科という化学系の学生だったのですが、そのころから「キラル分子は面白い」という感じは持っていて、いろいろな文献を読んでいましたし、研究対象としても「何かキラルに結びつけられないかな」みたいなことは考えていました。博士課程のときは物理系の研究室に入り、今のような物性開拓の研究につながっているのですが、元々化学から入っているのでその二つの分野の要素が結びついたんだと思います。

異なる分野を経験するというのは、やはり大事でしょうか
やっぱりいろいろ経験すると引き出しが増えてくるので、研究の発想においては一つの分野だけを歩んできたよりは良い面があるかもしれないです。分野が変わると最初はかなりしんどいですけど、後になってみると「あの時しんどくて良かったな」って思えることもありますね。

大学の研究者を志したきっかけは何かありますか
振り返ると小学校の理科の先生がすごく面白い授業をしてくれて、その影響もあってか子供のころから科学者になりたいという気持ちは持っていました。その後は漠然とそう思ったまま大きくなったのですが、研究室に入って研究を始めた頃から更に先に進んでみたい、と強く感じ始めたと思います。
ただ、最初は分子生物学が面白いと思っていたのですが、カエルの解剖した日に晩御飯が食べられなくなってしまって、そこで生物系へ進むことは挫折しました(笑)。

研究の楽しさは何ですか
物質の隠し持っているポテンシャルみたいなものをうまく発掘してやるのが、とても楽しいところです。最初お話しした「マルチフェロイクス」に出てきた物質などは150年くらい前から知られている鉱石だったり、磁性体のハンドブックに昔から普通に載っていたセラミックスだったりするのですが、うまいこと物質に問いかけてやったことで、電気と磁気が劇的に変わることが見つかったわけです。ただの石ころだったものに自分が光を当てて面白さを引き出せるところが、研究の一番面白い点だと感じます。だから、あの手この手でいろんな物質にアプローチしてその魅力を引っ張りだそう、と楽しんでやっているところです。

「物質の魅力を引き出す」研究をする上で、大切なこと、学生さんに指導していることは何ですか
「物質から出てきた応答に逆らうな」、というのが研究のポリシーです。学会での最近の流れだとか、偉い先生が言っているからとかで変な思い込みをしてしまうと、物質に声を掛けてせっかく物質が応答してくれていることを見落としてしまうことがあります。シグナルを見落とさずそれを真摯に受け止めて、変だと思っても「どうしてだろう」ってちゃんと基本に立ち戻って考えよう、というのが研究する上で大事にしていることですし、学生にも指導していることです。

今後の研究で目指していく方向性は
やっぱり「キラル」とその物性の関連性を解き明かしていくことですが、その中で将来に向けた最も注目しているのが「ホモキラリティの謎」です。これは、生命体が片方のキラリティ分子のみで構成されていることの不思議で、自然科学最大の謎のひとつです。「キラル」による物性開拓の研究成果が、将来的にはこの謎の解明にうまくつながっていければ、と考えながら研究を進めています。

著作文献紹介
  • 原著論文
    K. Taniguchi*, M. Nishio, N. Abe, P.-J. Huang, S. Kimura, T. Arima, H. Miyasaka,
    “Magneto-Electric Directional Anisotropy in Polar Soft Ferromagnets of Two-Dimensional Organic-Inorganic Hybrid Perovskites”
    Angewandte Chemie International Edition, 60, 14350 (2021).
  • K. Taniguchi*, K. Narushima, H. Sagayama, W. Kosaka, N. Shito, H. Miyasaka*,
    “In Situ Reversible Ionic Control for Non-Volatile Magnetic Phases in a Donor/Acceptor Metal-Organic Framework”
    Advanced Functional Materials, 27, 1604990 (2017).
  • K. Taniguchi*, K. Narushima, J. Mahin, W. Kosaka, H. Miyasaka*,
    “Construction of an Artificial Ferrimagnetic Lattice by Li-Ion Insertion into a Neutral Donor/Acceptor Metal-Organic Framework”
    Angewandte Chemie International Edition, 55, 5238 (2016).
  • 解説
    谷口耕治
    “有機・無機ハイブリッドペロブスカイト系材料のキラリティ制御による新展開”, 応用物理 90, No. 11, pp. 670-674 (2021).