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2024/07/18

Topics研究室訪問記が追記されました。

研究者の詳細

氏名 研究キーワード
森 浩亮
モリコウスケ
ナノ粒子、合金ナノ粒子、ナノ構造触媒、水素キャリア、ギ酸、水素、二酸化炭素、スピルオーバー、金属3Dプリンター
ホームページ http://www.mat.eng.osaka-u.ac.jp/surface-hydrogen-engineering/index.html
年度 種 別 交付対象時所属機関 研究紹介文 研究成果報告
2023年度 一般研究助成 エネルギー・情報通信 大阪大学 大学院工学研究科 PDF
研究題名 多機能集積合金ナノ粒子によるギ酸を基盤とした水素エネルギープロセス構築

訪問記

最終更新日 : 2024/07/18

訪問日:2024/07/02
訪問時の所属機関 大阪大学 大学院工学研究科 訪問時の役職 准教授

大阪大学森先生の研究室に訪問して(図1)、助成研究などについてお伺いしました。

【研究の背景】
 再生可能エネルギーとして太陽光発電や風力発電での電力が代表的なものですが、時間と天候で発電量が変動してしまうことや需要の大きな都市部への設置が難しいことが課題としてあげられています。この時間的・空間的な需要と供給のミスマッチを解決するひとつの方法として、貯蔵・輸送が可能な液体の「水素キャリア」が期待されています。その中で、アンモニアやメチルシクロヘキサンは既に企業での実証実験段階に進んでいますが、私が着目しているのは「ギ酸(HCOOH)」という水素キャリアです(図2)。
 その理由の一つとして、アンモニアやメチルシクロヘキサンは水素を取り出すのに300~500℃程度の温度が必要であるのに対し、ギ酸は水中にて低温で水素を取り出すことができるというエネルギー効率の高さがあります。さらに、爆発性がなく毒性が低いという取り扱いの良さや水素ガスを600倍に圧縮して保管できるエネルギー密度の高さを持っています。
 しかしながら、その反応触媒の研究は他の水素キャリアよりも遅れをとっています。均一系触媒(反応溶液の中に溶けて働く触媒)は触媒の分離回収に課題が大きく、不均一系触媒(反応溶液に溶けずに働く固体触媒)は研究自体があまりされてこなかったため低活性に留まっているというのが2015年頃までの状況でした。この様な背景から、不均一触媒を専門としていた私は「ギ酸」を水素キャリアとして利用するための研究をスタートしました。

【触媒研究のポイントと研究成果】
 触媒研究の一番のポイントは、触媒活性を示す金属ナノ粒子の設計です。粒子の組成、サイズ、形状を任意に作り分け、SPring-8や電子顕微鏡の中で反応場を再現してどの様な反応が起こっているのかを実際に観察していきます。また、実験だけではどうしてもわからないことは計算的なアプローチで解析を行い、「創る」「観る」「知る」の三位一体での材料研究を進めています。
 ナノ粒子自体は不安定のもので、反応中に粒子同士が合体して触媒活性が落ちてしまいます。それを抑制するために「触媒担体」と言われる無機材の土台や有機の保護剤の選択も重要な点です。さらに、金属ナノ粒子の界面に反応物を吸着するために有機系の塩基性アミンを付与し、相互作用を高めることももう一つのポイントになります。
 これらの設計指針から開発したパラジウム-銀-クロムの合金ナノ粒子触媒では、研究当初のパラジウム触媒の触媒回転数(反応速度の指標)が250/hだったものを、約7000/hまで向上させることができました。

【助成研究のねらい】
 これまでは、パラジウム-銀-クロムの三元系ナノ粒子の触媒を開発してきましたが、今回の研究ではさらに多元素でのナノ粒子で高機能な触媒の創製を目指しています。
 構成元素が5成分以上で、それらが大体同じ割合で存在し単相の固溶体を形成する合金は「ハイエントロピー合金(HEA)」と呼ばれています。バルク材としては2004年に発見され、構造材料や生体材料などに向けて盛んに研究されてきました。機械的強度や熱安定性が高く腐食しにくいなどの性質が知られていて、単一金属では得られない新たな機能の発現が期待されます。
 私はこれを触媒材料として使ったら面白いのではないかと考えたわけです。しかし、触媒材料として使うためにはナノメートルオーダーの粒子でなければなりませんが、それがなかなかうまくできずに難航していました。

【ハイエントロピー合金ナノ粒子作製法の発見から新たな研究提案へ】
 同じ頃に並行して行っていたアンモニアボランからの水素生成反応の研究で、ルテニウムとニッケルの合金ナノ粒子触媒を「水素スピルオーバー」という現象を利用して作製していました。水素スピルオーバーとは、気相の水素が担体上の金属ナノ粒子の表面で開裂して原子状の水素となって担体上を高速に拡散していく現象です。1960年代に発見されて以来研究がなされ、触媒や電池材料・水素貯蔵材料などの現象に関与していることが知られています。この水素スピルオーバーを利用して作製したナノ粒子触媒は非常に活性が高く、構造解析の結果ルテニウムとニッケルが非常にきれいに混じり合っている構造であることがわかりました。その後、関係する論文や状態図を確認したところ、この二つの組み合わせは冶金的にはどんな組成比でも分離して混じり合わない組合せであるということを知り、さらに調査していくと水素スピルオーバーがこの特異な構造の合金を作り出したということが分かってきました。
 この「水素スピルオーバー」を利用した手法で、パラジウム-コバルト-銅-ルテニウム-ニッケルの5元系ハイエントロピー合金ナノ粒子触媒を作製(図3)したところ、二酸化炭素を水素化しメタンを生成する反応においてパラジウム単体触媒よりも高活性で選択性が高く、さらに耐久性も高い触媒を得ることができました。
 これらの成果を基に、今回ハイエントロピー合金をはじめとする多元素の合金ナノ粒子によるギ酸の分解/生成反応への応用について提案させていただきました。

水素キャリアとして「ギ酸」はアンモニアと比較してどの様な使われ方になると考えられますか?
 ギ酸はアンモニアと比べて貯蔵密度が低いものの、低エネルギーで水素が取り出せる特徴があります。アンモニアは大量に作って工場でそのまま発電する様なシステムが良いと考えられますが、ギ酸はポータブルで水素を供給する様な形態が向いていると思います。危険性や毒性も低いため家庭用などで消費者が直接使うところでも問題が少ないでしょう。

先生にとって研究での醍醐味と言ったら何でしょうか?
 学生時代に私が作製した触媒が試薬メーカーから興味を持ってもらい、市販することになったのはとてもうれしいことでした。通常の研究では、数g程度の量を試作するのですが量産のためにその数百倍のスケールで作製することになり、そのスケールアップの過程は大変興味深く刺激を受けました。自分の開発したものが世の中の人に使ってもらえるというのは、まさに研究の醍醐味だと思います。

これからの研究で目指す方向について教えてください
 やはり研究の成果としては、創製した触媒を「実用触媒」として使われる様になりたいですね。お話した様に試薬として市販されたことはあるのですが、より大きなレベルで工業システムなどに利用される実用触媒を目指していきたいと思います。
 さらに将来社会への視点として、水素社会が構築された後には水素を単にエネルギー源として燃焼させるだけでなく、自在に操り利用する技術が必要になってくると考えています。今回「水素スピルオーバー」でハイエントロピー合金を作るという革新的な応用につながったのは重要なポイントで、気相の水素とは全く違うこの水素の挙動は触媒生成以外にも応用が広がると期待しています。例えば水素のパイプラインとして水素を高速に移動させことなどがイメージできます。現在水素利用に向けた研究を進めていますが、さらにその後の水素社会における「新しい水素の利用法」を提案することを目指していきたいと考えています。

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